安全を買うということ

企業や商店が「良い品を安く提供します!」って意気込むぶんにはかまわないんだけど、それを真に受けた消費者が「企業や商店は良い品を安く提供して然るべきだ」って思い込み始めるとよくわかんないことになってくる。『企業努力』という言葉は既に消費者から企業に向けられた脅迫になっていると思うんだ。曰く「企業努力してしかるべき。努力できなければ潰れろ」と。
市場はもっと素直で、良い品は高いし悪い品は安い。良いサービスは高いし悪いサービスは安い。結局のところ1円安くすれば1円分の安全性が削られている可能性だってあるんだけど、それを忘れると結局のところ最近の汚染米問題に繋がっていくと思うんだけどさ。
別に明日から1000円高い米を買え〜だなんて無粋なことは言いたくないけどさ、せめて「私は安全性にはお金を払いたくありません」って意識でいる人は汚染米食べて死んでも文句が言えないよなぁ、と自戒をこめて記してみるテスト。
そういえばこれ、耐震偽装のときにも同じこと思ったんだよな。『旨い話には裏がある』とはよく言ったもんだと思うよ。